虚像



貴方は考えたことはないか
人間のすなる業(わざ)のなんと残虐なるかを

…今この時こうしている間にも
戦いに追われ 死の恐怖にさらされ 断末魔の絶叫をくり返す人々。
傷口からだらだらと血を流して地面をのたうち回るのだ
  いっそ殺してくれ
  いつか殺してやる
叫びながらころげ回るのだ
あるいは腕をもぎとられ あるいは目をえぐられ火に焼かれ
あるいは全身蜂の巣のようになって
苦痛に喘ぎ 怨念の涙を流し
  いっそ殺してくれ
  いつか殺してやる
恨みながら憎みながら 何千何万もの人間が 人間の手で殺されてゆくのだ。

泣き叫ぶ人々に銃口をつきつけ 逃げまどう人々を爆風でけちらし
凶弾の乱射は生けるもの全てを屠(ほふ)り消し去り 爆音は地を揺るがし
昔 なまくらな刀で首をぎりぎりと切りちぎられ
死んでいった捕虜たちの血涙も
機関車の罐(かま)に生きながら放り込まれたパルチザンの阿鼻叫喚も
焼けただれた肉の異臭も 血にぬめるアスファルトも
瓦礫惨憺たる道くすぶる煙も
およそ戦いの凄惨の全ては 我々につながる人間が 同じ人間にむかって
同じ人間にむかって与え続けてきたものなのだ

戦いにはいつも二つの正義
敵の数だけの正当性
しかしそんなものを傘にきて 今まで一体この国はどれだけ多くの人間をその手にかけてきたか?

そうしてしかもこの国は
自分達が刻んだ古今殺戮史の正しきを決して語らず
おおい隠されてしまった舞台裏で生命(いのち)ひきさかれた人々がこの世に残した激烈な呪いの叫びにも耳をかさず
見せかけの平和の中に我々を埋没させようとする 虚構の中に安住させようとする
そして人々はそのこと自体にすら気付かぬように育てられ
いつしか慣れてしまい忘れてしまい

両手をぬらし体を染めた赤黒い返り血をぬぐったところで
彼等の呪いが 怨念が 燃えさかる憎悪が 消し去れると思うのか
我々の体にこびりついた生臭い狂気がはがし落とせるとでもいうのか

気付かぬように育てられるだけで
我々の手がすでに血まみれでないとなぜ言えるのか
この歪んだ社会に生まれた以上
自らの正しさなどどこまで主張できるものか

…貴方よ。教えてくれないか。


BACK