“海の歌”より 函館本線



海を左に見て走る
各駅停車の最終便

窓の外 澄んだ夜気をつらぬき
凍てつく冬の空は張りつめて広がる
煌々と輝く月の光
海岸の小島 銀に砕ける波頭
鏡のような海は静かに
深い漆黒を湛えてそこに在った

規則正しい線路の響き
汽車は確実に時を刻んで
海を左に見て走る

幻想的 と言うにはあまりに緻密で
神秘と言うにも清冽すぎて
願ったことはただひとときでも
汽車が止まってくれないかと
時がこの場にとどまってはくれないかと
吐く息の白さも忘れて

しかし
おそらく実際そこまで降りたにしても
その透明な波に触れることはできまい
…冷たさを気に病むのではなく
自然が自然を守るため
研ぎすました射すまでの美しさに
日常で染まった人間の手を触れるのが
まさか罪でないとは思えない

凍てつく空 海は鏡
煌々と輝く月の光
汽車は確実に
時を刻み 距離を刻み…


BACK